このコロナ禍で、日本では吉村洋文大阪府知事の人気がうなぎ登りです。政策の分かりやすさとその実行力、自分の発言に責任を持ち、誤解があれば謝罪+言外に絶妙に意思表示(笑)。そうした姿勢が府民のみならず日本国民から大きな支持を得ているようです。先日見た日本のテレビインタビューで、「吉村知事でホンマに良かったわぁ~」と答えている大阪府民をたくさん見ました。「この知事で良かった」なんて、普通は聞かない言葉です。それだけ、吉村知事の人気は絶大なんだろうと思います。
こうした吉村知事の活躍ぶりから、国政進出への期待もあるようです。一時の活躍で国政進出とは少々話が飛びすぎな気がしますが、不祥事が続く国会議員たちを見ていると、吉村知事の方が断然いいと思うのは当たり前。私自身も素直に彼の今後の活躍に期待していますし、国政進出はありだと思っています。
さて、今でこそ時の人となった吉村知事。私が最初に彼を知ったのは2017年でした。
私は、2013年末にロサンゼルスのある日系市民団体に参加し、在米韓国系団体がロサンゼルス北部のグレンデール市に建てた「慰安婦像」の撤去を求める運動をしていました。以降、近郊のブエナパーク市やフラートン市などでも同様の話が浮上し、それらに対しても同様の運動を行いました。
幸いグ市以外には像は建たず、一旦ロサンゼルスの慰安婦像問題は落ち着きました(グ市には建ったままですが…)。しかし、北カリフォルニアのサンフランシスコ市で同様の問題が起こりました。
サ市に建てられたのは、3人の女性が背中合わせで手をつなぎ、「女性の強さの柱」と銘打った像です。周辺地域の中国系アメリカ人の民間団体が建てました。グ市の韓国型少女像とは形状が異なりますが、「第2次世界大戦中に日本軍兵士の性奴隷として働くことを強いられた女性の象徴」ですので、基本的に韓国のものと同じです。
この時に登場したのが吉村知事でした。正確には、当時の吉村大阪市長です。大阪市は、サ市と1957 年に姉妹都市関係を締結。以降60年にわたって友好関係を維持してきました。しかし、その姉妹都市関係を解消したのが吉村市長でした。
この一連の動きについては、インターネットで検索すればいくらでも出てきますのでここでは詳細を割愛しますが、ざっと説明するとこうです。
この問題は、もともと私有地に建てられた前出の女性像を、2017年にサ市が市営化したことに端を発します。吉村市長はサ市市長宛てに何度かに分けて書簡を送り、当該像の市営化撤回を求めました。途中、サ市市長の急逝により一旦要請が中断しましたが、吉村市長は後任の市長宛てにも同様の要請を継続。しかし、サ市はこの要請に対して(期限までに)明確な返答を出さなかったため、吉村市長は「事実と異なる内容の慰安婦像や碑文を公共物にしないよう求めてきたが、受け入れられず、(両市の)信頼関係は破壊された」(毎日新聞)として、翌18年に姉妹都市関係の解消に踏み切ったというものです。
当時の日本でどれくらいこのことが報道されたか知りませんが、私はこの件をとても鮮明に覚えています。
吉村市長の決断には、日本国内でも多くの批判がありました。「サ市との姉妹都市解消は何の解決にもならず、かえって話し合いの機会を自らなくす愚かな行為」とする報道は、私の記憶にはっきり残っています。また、2018年10月2日付産経新聞(オンライン版)には、「大阪市内部には異論もあった。市議会では与党の大阪維新の会を除く自民、公明、共産3党が姉妹都市解消に反対を表明。市幹部から『(市長は)やり過ぎだ』との声も聞かれた」と書かれてあります。
そうした反対を受けながらも、40歳超えたばかりの若き市長は、サ市の態度が「姉妹都市として受け入れられない」とし、自身の意思を貫いた形です。
当然私はこの像の建設に反対でしたし、サ市の市営化などもってのほかだと思っていましたから、吉村市長の決断には賛成でした。ロサンゼルスで慰安婦像問題に関わって感じたことは、この問題は日本人の考える理性的な態度では太刀打ちできないということでした。日本人の理性や道徳観は、時に日本国外では何のパワーも持たず、はっきりと相手が見てわかる行動をとることが重要だということを思い知りました。
こうしたことから、私は吉村市長が意志を貫いたことには大きな意味があり、非常に立派だったと思っています。
仮に姉妹都市を続けていたとしても、像の市営化が撤回されることはなかったでしょう。グ市の慰安婦像問題で知ったのは、一度建てられてしまったらもう最後、撤去はほぼ不可能であるということです。これと同じく、一旦公共物になってしまったものは再び私物に戻ることはありません。ですからそうなる前に阻止することが重要なのですが、当時は世界中のいたる所で同様の話があり、全てを事前に察知して阻止するのは無理でした。そもそも日本人にはそんな国際ネットワークはありませんし。だからといって、建ってしまったり公共化されてしまって諦めていいのか。いいえ、私たちの思いはずっと伝え続けなければならないと思います。サ市では何ら好転しませんでしたが、今後同様の問題が起こった時のためにも、吉村市長の決断は将来に向かって大きな意味があると、私は思っています。
時は経って2020年。新型コロナ禍で注目を浴びる吉村大阪府知事。冒頭で、「一時の活躍で国政進出とは少々話が飛びすぎな気がしますが」と書いたものの、よく考えると前言撤回です(笑)。一時の活躍ではないですね。その強い信念に基づいた行動力は、3年前にはすでに発揮されていましたから。
追記
大村愛知県知事の「大阪医療崩壊」発言で、吉村知事とバトルが起こっているようです。これについて、数日前のインタビューで吉村知事は、最初こそ丁寧に自身の見解を述べていましたが、最後の最後で「もぉあんまり相手にせんとこと思てます」と関西弁で発言。その言い方があまりに庶民的かつ直接的で、こういうところも人気の秘密なのだろうと思いました。
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